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東京高等裁判所 昭和48年(う)2165号 判決

被告人 永草利勝

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人村上直、同西坂信連名作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について。

風俗営業等取締法施行条例(昭和三十四年東京都条例第十号、以下前記条例という。)第二十六条第一号は風俗営業に関し営業者及び従業者は、客引をし、またはさせないこと。と規定している。ここにいう「客引」とは後記本条例の立法理由に鑑みかつ公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和三十七年東京都条例第百三号)第七条の「客引」と対比して考察すると、「営業者またはその従業者が相手を特定し客として営業所で飲食遊興などさせるため勧誘することをいう」と解するのが相当である。(もともと勧誘するとは積極な言動をいうのであり一般通行者にチラシを頒布したり、サンドイツチマンが看板を掲出して宣伝する行為は相手方を特定したことにもならないし、勧誘にもあたらないと解する。)原判決挙示の証拠によれば、被告人は「バーサロンのぞき穴」営業者であり、原博は同店の従業者であるが原博において被告人の営業に関し原判示の日時、場所(道路上)において通行中の佐藤信行に対し右店舗で遊興飲食させる目的で同人に対し「バーのぞき穴です。寄つて行つて下さい。安いですよ。ワンセツト四百五十円です」などと申し向けて勧誘しもつて客引をしたものであるという事実が認められこれが前記条例第二十六条第一号に違反することはいうまでもない。

原判決が右と異なり「客引」を「特定人をして特定の営業所において客として飲食させる目的でその特定人の意思にある程度の威圧を加えたり、執拗な言動をもつて勧説誘引する行為である」とし、その誘引が例えば高声を発する等相手方を困惑させると認められる程度に達することを要するとしているのは、後記立法理由に即したものとはいえない。この点に関する原判決の見解はこれを支持することはできないけれども、原判決が本件公訴事実に前記条例第二十六条第一号を適用していることは結局正当であり、右の法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。この点の論旨は理由がない。論旨は、前記条例第二十六条第一号が一般的抽象的な規定で客引行為を無条件全面的に禁止することは憲法第二十一条第一項に違反して無効であると主張する。しかし風俗営業じたい善良の風俗を害する行為を誘発するおそれがある。前記条例が客引を禁止するゆえんのものは風俗営業の特殊性に着目し、もし客引を無制限に放置するならば営業所外で(例えば道路上で)営業者または従業者による客引行為が無制限に行われひいては一般通行者の静穏な通行の自由も奪われる結果となることをおそれたためであつて、このような弊害を防止する目的で善良の風俗を保持する見地から公共の福祉を維持するためやむを得ない措置として是認せらるべきである。されば同条は憲法第二十一条第一項に違反せず同条違反の論旨は理由がない。(所論中には、前記条例第二十六条第一号と第二号以下とは異質のもののようにいう個所があるけれども、第一号も善良の風俗を害する行為と無関係のものではなく第二号以下の規定と全く異質のものとはいえない)

また論旨は前記条例の規定は「客引行為」の解釈を行政官庁に委ねたものであるから憲法第三十一条に違反するというけれども、罰則の適用にあたり、「客引行為」の解釈を行政官庁に委ねたという規定も事実もなく、所論憲法違反の主張はその前提を欠き理由がない。

更に論旨は本件がおとり捜査であるから犯罪の成立を阻却するというけれども記録によれば原博は佐藤信行の前の通行人に対しても本件と同様の所為に出ているし佐藤が原に対し特に詐術を弄したとも認められない。されば論旨は理由がなく採るを得ない。

論旨第二点(事実誤認の主張)について。

当裁判所は前記のとおり「客引」の意義を解するのであり、これと異なる原判決の解釈を前提とする事実誤認の主張は採るを得ない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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